過食症無料相談
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婦人科/神経科/小児科

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女性 主婦 28歳 B型 神奈川県

私はこれまで、神経科(横浜南共済病院)→精神科(横浜相原病院)→心療内科(九段下病院)と3つの病院に通ったことがあります。
そもそも過食症を専門にやっている病院がないので、どこに行けばいいのか、病院を探すだけでも結構大変なことだったんじゃないかと思います。
「思います」、と書いたのはこれらの病院はすべて母親が探して私に通うよう勧めてきた病院だからです。
私は病院ではこの病気は治らない、と断言するできません。
一番の原因は私自身に自主性と危機感がなかったからだと思うからです。
もしかしたら私が出会えなかっただけでそういう病院が日本にあるのかもしれません。
あくまで私の体験として聞いてもらえればと思います。

当時、私にはこの病気の正しい知識もなく、病気の危機感も本当に治したいという本気な気持ちもありませんでした。
漠然と何とかして欲しいと思うだけでした。
ただ、少なくとも私が通った病院では過食症の怖さや、具体的な治し方は教えてくれませんでした。
なんだか漠然としているのです。
医者と、自分の性格や症状について話しながら「私ここで本当にこの病気を治せるのだろうか。。。」
と常に不安な気持ちがぬぐえませんでした。
だけど何がいけないのかもわからないのでとりあえず通うのです。

最初の2つの病院は、遠いからとか、会社に勤めてるから平日は通えない、などと自分に言い訳をして、2、3回通っただけで行かなくなってしまいました。
鬱でもないのに抗鬱剤を処方されたり、食べ物日記を付けることも耐えられませんでした。
3つ目の病院も自分には効果がないと思いながらも母親を少しでも安心させることが出来るならという理由だけで2年程無意味な通院が続きました。

普通に学校に通ったり、会社に通っていると、どの医者もカウンセラーも口を揃えて言います。
「大丈夫、あなたはそんなにひどくないから」
そして、私が症状を話すと、もっとひどい患者さんの例をだして、こんな人もいるから大丈夫だよ、みたいなことを言われていました。
私はそのたびに私の悩みなんて、ちっぽけで、辛かったのは自分のマイナス思考がいけないわけで、この病気の原因になるほどのことではないと思うようになり、どんどんカウンセラーの人に心を開けなくなっていきました。
これじゃぁカウンセリングの意味がまったくないですよね。
最後の方なんてカウンセラーのひとに「なんでだろうね〜」といわれる始末。

そして、妊娠がわかったとき、カウンセラーも医者もこれは治す絶好の機会といわんばかりに喜んでいました。
「子供がお腹にいれば過食嘔吐なんてできないよ。」
「生まれたら今度は育児に忙しくて過食嘔吐なんてしてる暇ないから」
挙句の果てに「もし止まらなくても子供には影響しないから心配しないで」とも言われました。

だけど実際は私は娘がお腹にいる間も過食嘔吐をしていたし、生まれてからもやめることが出来ませんでした。
ものすごい自己嫌悪に陥りました。
そしてこのとき初めて「あ〜、この病気は病院では治らないかも」と思ったのです。
だけど病院で治らなかったらどうやって治せばいいのだろう。。。
9年目にして初めてこの病気の怖さを自覚し始めました。

そして苦し紛れにインターネットでたどり着いたのがここです。
最初は不安で押しつぶされそうでした。だけど本当に治りたかったのです。
自分の治りたい、ここなら治るかもという気持ちだけを信じて面会に行きました。
そして今は、ここでこの病気と向き合う覚悟が出来ました。

と、これが私の病院体験です。
なんだかオチのない文章がだらだらと続いてしまってごめんなさい。


女性 会社員 31歳 A型 北海道

札幌東豊病院(産婦人科)・・・生理が止まった為通院。
薬や注射で排卵誘発をし、強制的に生理を起こしていた。が、ある日たまたま担当してくれた、中川先生という医師が、今の治療よりも、摂食障害の治療の必要性を話してくれ、産婦人科で心療内科を専門とする、朋友会札幌産婦人科の医師を紹介してくれた。

札幌産婦人科
・・・色々な本を調べ、病名や治療方法を勉強しながら通ったが、悪化し入院。絶食療法をするが、体力の限界で途中で中止。
体重は入院前より減り30kg迄に落ち更に悪化。
指先を動かす事しか出来ず、喋るのも苦しかった。
寝たきり状態。床ずれが出来た。
2週間の予定が3ヶ月入院が続き、退院を希望した。

札幌明和病院
札幌産婦人科より摂食障害の専門病院を紹介してもらったが、仕事を辞め、3ヶ月の入院と絶食療法を再び行うという事で、入院は拒否した。
働きながら通える心療内科を紹介してもらった。


女性 会社員 24歳 A型 千葉県

19歳の頃、婦人科の掲示板に「体重増加でお悩みの方、ご相談下さい」って張り紙がしてあったのを見つけた。
確かまだ過食症で、吐くことが出来ずに体重がどんどん増加してた頃。
「これだ!」って思ったけれど、学生だった私は保険証が親の扶養家族用だったので、親に理由を言うしかなかった。
とりあえず、その日1食で食べたものを紙に書き出した。ざっと5、6人前。
母親にその紙を見せて婦人科の張り紙のことを告げたら、それで気が済むのならと保険証を渡してくれた。

婦人科でも、母親に告げた時のように1食に食べた物をリストにした紙切れを先生に見せた。
すると一言「ここでの治療は無理だね。」期待に満ちていた診察は1分で終わり、治療の代わりに慈恵医大(千葉県・南柏)の精神内科への紹介状を手渡された。
過食が全く止まる気配がなかったので、翌日紹介された慈恵医大へさっそく出向いた。
待ち時間は驚くほど長かった。受付を済ましてから3時間以上待ったと思う。
やっとのことで名前が呼ばれ、今度こそと胸ときめかせ診察室へ。
が、先生、私の顔も大して見ず、話しもたいしてせず、電子カルテをピコピコ。そして「精神安定剤だしとくね。」って。
他にも話をしたのかもしれないけれど、記憶にあるのはこれだけ。説得力なし。

1週間後また診察を受けた。薬が効かないと告げると、じゃぁもうちょい強い薬を処方しとくからって。
話を聞いてもらいたかった。
なんで過食になったか考えるきっかけを、ヒントを先生からアドバイスしてもらいたかった。
治療方針を説明してもらいたかった。

でも、最初の印象が良くなかったから聴く気も起きず、しばらくは効いてるのか効いてないのかよくわからない薬を飲み続け、
薬をもらいに病院にも通ったけれど、過食は止まらなかったし、通う意味もわからなくなり、そのうち病院に行かなくなった。
その後は、この体験から病院に頼ることは考えなくなり、今に至ります。


女性 会社員 27歳 A型 神奈川県

当時私は、高校生だったのもあり、
「小児神経科」って言う科に通う事になりました。
丁度行った時、教育センターで紹介された先生が出張か何かでいらっしゃらず、
その時いた、女性の綺麗な先生が私の担当になることになりました。

先生優しい。めっちゃ可愛い。綺麗。細い。お洒落。声も可愛い。大好き。お話聞いてくれるけど、自分が何話していいか分からないの。いつも先生が「これは、どう思う?」とか聞いてくれても「分からない」なんだよね。

だから、すごい簡単な質問になっていった。
「食べられないのはいい子?」⇒うん
「食べすぎて吐いちゃう私はいい子?」⇒吐ければいい子。
「食べすぎちゃう私はいい子?」⇒いけない子。
「どうなればいいの?」⇒普通の女の子になること。
そんな簡単な質問を、カウンセリング行くとずっとずっとするんだ。
で、眠れないから睡眠薬と、安定剤もらってくる。

最初は「デパス」って飲むと、ちょっとふわふわで眠くなる薬。完璧主義さんって分かってからは「アナフラニール」って四角い角を取る薬と「サイレース」って睡眠導入剤。でも、完璧主義さんは、アナフラニール飲むのすごい躊躇ったんだ。これ飲んだら、一生懸命できる自分がいなくなっちゃうって

でもね、ここ、「治るため」に通い始めたわけでなく「学校と、親と、教育センターの人に言われたから、その当日にそこに行かないといけない」ので行き始めたわけで、全然治そうって意欲が自分になかったのが原因なのか、あまりよくならなかった・・・。
って言うより、薬を貰いに行くところだった。

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